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芸者と芸妓と舞妓の違いとは?そして芸妓はどこで会えるの?
日本の代表的な伝統文化の1つといえば芸妓や舞妓ですよね!
白く美しいお顔に、気品溢れる立ち振る舞い・・・華々しい姿は日本独特の文化と言えます。
そんな芸妓さんや舞妓さんは女性の憧れなのではないでしょうか?
しかしながら、皆さま『芸妓』と『舞妓』の違いってご存じですか?
なんとなく『芸妓』と『舞妓』は聞いたことあるけど、実際言われてみるとよく分からない。。。
今回は、そんなちょっと謎に包まれている『芸妓』と『舞妓』についてまとめてみました!
諸説ありますので皆さまの感じていらっしゃるイメージと少し違っているかもしれませんが、一般的な知識としてお伝えいたします。
芸妓・舞妓とは?
まずは芸妓・舞妓とはどういった伝統芸能、お仕事なのかを見てみましょう。
芸妓とは踊りや舞い、三味線などでお客さまの宴の席を盛り上げるサービスのプロです。
芸妓一人前になるには何年も厳しいお稽古を積み、芸を学んでいかなければなりません。
また、舞妓とは京都での呼び名ですが、芸妓になる修行中の女性の事を舞妓(半玉)と呼んでおります。
参考:舞妓さんの1日の記事↓↓
『芸妓』の地域による呼び方の違い
芸妓や舞妓は全国に存在致します。
詳しいお話しはまた次回の記事でお話しさせていただきますが、全国に《置屋》と呼ばれる芸妓が所属する謂わば芸能事務所のようなお家が存在致します。
弊社が存在している静岡県熱海市にも現在約50もの置屋があり、約120名もの芸妓が活躍されています。
では、その『芸妓』はなんと読むのでしょうか??地域によって呼び名が異なります。
それをちょっと調べてみました!
関東での『芸妓』の呼び方
関東では一般的に芸妓(げいぎ)・芸者(げいしゃ)と呼びます。
ちなみに熱海での呼び名は“ゲイギ”です!
関西での『芸妓』の呼び方
関西では一般的に芸子(げいこ)と呼びます。
関東で云う芸妓という字で《げいこ》と呼ぶこともあるようです。
では『舞妓』とは何?
一般的に舞妓(まいこ)は京都での呼び名になります。
皆さんが一般的に聞く舞妓さんとは京都がルーツだったのですね!
舞妓と聞くと京都が思い浮かぶのは納得です!
『芸妓』『舞妓』はどこに存在するの?
では次は日本で特に活躍されている『芸妓』と『舞妓』が存在する地域を紹介しましょう!
それぞれ芸妓・芸者として活躍されていますが、やはり地域により歴史や専門用語なども違うようで、調べてみるととても興味深いものがあります。では、参ります!
静岡県熱海市
やはりまずは弊社が存在する静岡県熱海市でしょう!
熱海市には古くから芸妓さんが存在致します。
話によると昭和30年代、40年代には約1000名もの芸者が活躍されていたとか!その頃は日本最大の芸妓数を誇っていたそうです。
熱海は言わずもがな、老舗の旅館も多い温泉地です。
今ではあまり見かけなくなってしまいましたが、昔は『見番』と呼ばれるところに芸の依頼をし、旅館での飲みの席で踊りなどを愉しむ旅も多かったです。
しかしながら、現在は高級旅館などの減少や時代の背景もあり、年々芸妓数も減少してしまっておるようです。
ただ、現在でも約100名の芸妓が熱海芸妓置屋連合組合(見番)に登録をされており、活躍しております。
現在私共ではこの熱海芸妓置屋連合組合さまと業務提携をさせていただいており、芸妓文化の再燃焼、そして熱海市の繁栄を目指し、微力ながら文化の継承のお手伝いをさせていただいております。
【熱海 まめっこ】誕生
2021年2月8日に熱海芸妓置屋連合組合さまの新マスコットキャラクターが誕生致しました!その名も『熱海 まめっこ』ちゃん。
組合さまのご意見を頂きながら弊社でデザインをさせていただいたマスコットキャラクターです。
このマスコットを特に若い女性の世代の方々に可愛がっていただき、芸妓文化に興味を持って頂こう!その想いで作らせていただきました。
熱海 まめっこの今後の活躍にも乞うご期待です!
石川県金沢市
加賀百万石の城下町・金沢市には《ひがし・にし・主計町》という3つの茶屋街があります。
そこで約40名の芸妓が活躍されております。
その歴史は古く、19世紀頃からあるといわれています。
金沢芸妓では、1983年に金沢市の商工会議所が中心となった金沢伝統芸能振興協同組合を設立し、伝統の継承のために取り組みをされているようです。
金沢のお茶屋さんは基本的には一見さんお断りだそうですが、伝統の継承のために体験プランも用意されているとか。ご興味のある方は是非チェックしてみてください!
東京都
東京にも芸妓が存在します。
東京では、《花街》と呼ばれる芸妓の活動する地域が分けられております。
赤坂・浅草・大井・大塚・神楽坂・新橋・八王子・円山町・向島・芳町などに存在します。
東京の芸妓は2015年当時約250名存在しておりますが、やはり東京でも減少傾向にあるようです。
東京の芸妓の歴史は江戸時代より約300年間続いており、最盛期は昭和初期。
芸者の始りは吉原遊郭といわれております。
ルーツは遊郭ですが、遊女と芸妓を明確に区別するために生まれたのが《見番》。
その当時は芸妓1人1人の芸名が木の板に書かれており、その板が見やすいように並べられていたことから、
板が見やすい→見板→見番
となったようですよ!納得ですね!
福岡県博多市
博多に芸妓が誕生したのは江戸時代中期以降になります。
当初、大阪の芸妓が長崎の茶屋に招かれていましたが、滞在が100日以下とのルールがあったため、一度長崎を出て博多に滞在して稼ぎ、また長崎に戻るというのを繰り返していたそうです。
その中には博多に定住する芸妓もいたようで、その方々が博多芸妓のルーツになっています。
博多では《券番》と書きます!興味深いですよね!
明治・大正時代には約2000名の芸妓が存在していました。
しかしながら、やはり時代の背景から博多芸妓も減少しており、現在では約20名の芸妓が活躍されているようです。
福井県あわら市
ちょっとマイナーな県ですが、福井県にも芸妓文化は存在します。
福井県ではかつて舞踏・堤・三味線・太鼓などの芸の素晴らしさで全国に名が知られていたそうです。
福井県の芦原温泉には芦原温泉芸妓協同組合があり、昔ながらのお座敷遊びを体験できたり、芸妓・舞妓変身体験なる企画もあり、芸妓を盛り上げていこうという動きがとても強い地域です。
新潟県
新潟には200年の歴史がある古田花街があります。
新潟では芸妓を留袖(とめそで)、見習いを振袖(ふりそで)と呼ぶそうです。
また、留袖になるには7~8年かかるそうです。
留袖は髪を中島田に結い、着物の裾は着物より長いお引きずりを着用、振袖はももわれなどの少女のまげで振袖を着ます。
新潟の料亭では一見さんお断りはほとんどないそうですので、安心して芸妓文化に触れられますね。
まとめ
今回は芸妓と舞妓の違い、そして日本のどこで活躍されているかをまとめてみました。
やはり日本でも長い歴史がある伝統ですので、調べれば調べるほど奥が深いものだと解り、更に興味が湧きました!
日本の代表的な伝統芸能である芸妓さんの数は年々減少傾向にあります。
少しでも若い女性の方々に芸妓さん舞妓さんに興味を持って頂けたら嬉しく思います!
色々知識を持っていると、いざ芸妓、舞妓とご対面した時に更にテンションアップするかもしれませんね!